知ってましたか?3年間だけ存在した幻のプロ野球チーム

寄せ集め(ユニオン)と揶揄

戦後たった3年間だけ存在した幻の球団「高橋ユニオンズ」(1954年~56年)。日本プロ野球史上唯一の個人所有による球団。パ・リーグの創設の混乱のなかで急遽作られたチームは「ポンコツ」と「呑兵衛」の寄せ集め(ユニオン)と揶揄されました。


逸話の数々

  • 1イニング7四球
  • 新人加入でダブルプレーができるようになった内野
  • ハワイの大学生が夏休みだけ出稼ぎに来て3勝
  • 代打は監督自身
  • 最終戦では同情されて、交換条件でのほぼ『八百長』試合
  • 10連敗+ノーヒットノーラン
  • 新人で全試合全イニング出場、リーグ最多安打、ベストナイン受賞の活躍
  • スタルヒン投手が日本球界初の300勝を達成
  • 観客が30人未満の試合

そもそもなぜ創られたのか?

  1. 設立前年の1953年パ・リーグは7チーム。1チームの端数が生じるため全チームが揃って公式戦を開催できなかった。
  2. その際に勝率3割5分を切ったチームは解散という罰則を設けた。
  3. しかし当時は罰則が適用されたチームがなかった。
  4. チームを増やすことになり高橋ユニオンズを設立し加盟。
  5. その後、高橋ユニオンズは2年連続で勝率が3割5分に達せず解散の危機に。最終戦の相手チームが同情しほぼ八百長試合に。
  6. 最終勝率は三割五分。しかし翌年結局、他チームと合併し消滅。

短いながらも青春が凝縮

負けてばかりの日々の中にも弱いなりに光り輝くチームの青春が短い期間に凝縮されていたと思います。長いプロ野球の歴史の中にも紆余曲折があったんですね!

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野球に関する様々な情報・意見を発信するサイトG-TIMESの編集長です。


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