まさに完璧!?最後の完全試合『ミスター・パーフェクト』槇原寛己とはどんな選手??

乗った時のピッチングは最強

高校生時代は1981年に当時の甲子園最速記録となる147km/hをマーク。その後巨人入りした後、最高球速155km/hの当時の日本最速を記録。「日本人で最初に160km/hをマークするのは槙原では」と言われました。阪神タイガースにバックスクリーン3連発を打たれた年には、自身プロ生活で唯一の本塁打が球団5000号本塁打という珍しい記録もありました。


1989年は、開幕から先発ローテーション、そして抑えでも登場するなどフル回転。オールスターまでは大活躍しましたが、オールスター後の広島戦でバント処理の際に左足半月板を損傷し、それが後の成績に影響を与えることになります。

1991年のオールスターでは、第1戦で先発したため、第2戦では登板の予定がありませんでした。しかし第2戦目が延長戦になり、控えに巨人の投手がおらず槙原投手を登板。そもそも登板予定がなかったため上のユニフォームがなく、Tシャツで投げました。ちなみにこれがきっかけでオールスターは、延長戦なし・9回打ち切りとなりました。

ミスターから17本のバラ。「あの日、監督を胴上げすると誓いました」

1993年のオフにFA宣言をしたものの巨人に残留。この際の引き止めに、長嶋監督が槇原投手の背番号にちなんで17本のバラを持って自宅に訪れましたが、実は数えてみると20本だったということです。


1994年には完全試合を達成。この試合が完全試合達成の最後となっています。ミスター・パーフェクトの愛称がつきました。
 
バース・掛布・岡田の3連続ホームランから、11年後中日ドラゴンズ山崎大豊の3連続ホームランを浴びるという珍しい記録も持っています。

実はバレていた!?

視力が悪かったことから、マウンド上の投手側からサインを出していましたが、それが他球団にはほとんどバレていたということを、野村監督・広沢解説者に指摘されていました。サインが読まれていなければもっと良い成績を残していたかもしれません。


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