『松井秀喜と勝負するためにプロを目指した男』高橋一正

  • 2016/7/14
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「松井秀喜敬遠」から始まった不思議な縁

野球界には時々、不思議な縁というものが存在します。

その中でも高校時代は明徳義塾、そしてプロ野球ではヤクルトでプレーした高橋一正選手。ゴジラこと松井秀喜選手と高橋選手の間には不思議な縁が存在しました。

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テレビで見た「五打席連続敬遠」

1991年夏の甲子園。超高校級スラッガーの松井秀喜は明徳義塾と甲子園で対戦。しかし松井は回って来た全打席で敬遠され、チームも敗れました。

この「松井秀喜五打席連続敬遠」をテレビで見ていた当時小学6年生の高橋一正には

このバッターと勝負したい。

という気持ちが生まれました。

 

明徳義塾へ進学、甲子園では松坂大輔との死闘

「五打席連続敬遠をした」明徳義塾へ野球留学し、1998年の三年夏には控え投手として甲子園に出場しました。甲子園では完投勝利を挙げる活躍をしましたが、甲子園準決勝で松坂大輔率いる横浜高校相手に6点のリードを守りきれず逆転サヨナラ負け。

しかし、シンカーを武器としたピッチングが評価され、ヤクルトからドラフト6位指名を受けました。

 

ヤクルトに入団、松井秀喜との念願の初対戦!

高橋選手のプロ1年目のシーズン終盤、10月5日。

神宮球場での巨人戦でついに松井秀喜との対戦が実現しました。「あの敬遠」から8年越しの対決。小学生の頃から思い続けてきた「松井と勝負する」という夢が叶おうとしていました。

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予想外の結末!

当時の松井選手はヤクルト・ペタジーニ選手とのホームラン王争いの最中で、ヤクルトの野村監督は松井に打席が回ると高橋に『敬遠』を指示しました。ルーキーの高橋はベンチの指示に従うほかなく、松井を敬遠。

8年前に高橋少年がテレビで見た「松井敬遠」を自ら再現する事となりました。

 

「上原涙の敬遠」の試合でもあった

実はこの試合は巨人のルーキー上原投手がペタジーニ選手を敬遠し、悔しさから涙を流した「上原涙の敬遠」の試合でもありました。

つまり、この試合で二人の新人投手に「敬遠」を巡るドラマがあったことになります。

 

これもまたひとつのドラマ

「とあるスラッガーと勝負するためにプロを目指す」。

漫画やドラマであればホームランか三振で決着がつくような展開ですが、高橋一正の場合は「敬遠」という結果となりました。

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しかし、この結果は「松井とペタジーニのホームラン王争い」「ルーキーとしての立場」「野村監督の冷静な采配」という数々の選手の思惑が重なって導き出されたもので、これもまたひとつの「ドラマ」ではないでしょうか。

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