大谷翔平を育てる日ハム投手コーチ「ジョニー」黒木知宏の選手時代を振り返る
- 2016/4/15
- プロ野球
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イチロー「黒木程、ボールに魂を感じるピッチャーはいない」
2016年、最も活躍が期待される選手の一人、大谷翔平。その活躍のカギを握ると言っても過言ではない「投手コーチ」。それが黒木知宏コーチです。長く低迷していた千葉ロッテマリーンズを鼓舞し続けた黒木投手。ファンに愛された「ジョニー黒木」の現役時代を振り返ります。
魂のエース
黒木知宏投手は延岡学園から新王子製紙春日井へと進み、1994年にドラフト2位で千葉ロッテに入団しました。一球、一球投じる度に「ウォリャー!」と気合を入れる投球でいつしか「魂のエース」と呼ばれ千葉のファンに愛されました。また、愛称は「ジョニー」。千葉に上京しても、故郷である宮崎弁で話す飾らない人柄も愛された理由の一つです。1998年には13勝で最多勝を獲得。シドニーオリンピックでは代表としてエース級の活躍をしました。
「対戦して気持ちの良いピッチャーだった」イチロー
現在マーリンズで活躍するイチロー選手と黒木コーチはは同学年。イチロー選手は黒木投手のことを高く評価していました。また、当時西武ライオンズに在籍していた松坂大輔との投げ合いは、ファンの心をわし掴みにしました。
チームのため・ファンのために投げ続けるエース
- 1997年 31先発 13完投 12勝15敗 防御率2.99 240.2投球回
- 1998年 28先発 8完投 13勝9敗 防御率3.29 197.0投球回
- 1999年 29先発 7完投 14勝10敗 防御率2.50 212.2投球回
2000年のシドニーオリンピック、シーズンでの登板過多の影響もあり誤魔化しながらの投球をしていましたが、ついに悲鳴をあげる時が来ました。2001年のオールスターゲームにはファン投票1位で選出され強行出場したのを最後に。マウンドから姿を消す事になるのです。肩の故障は重症でしたが、手術を回避して自然治癒を選択しました。復帰には実に長い年月を要しました。2007年4月27日がラストマウンドとなりました。11年間マリーンズ一筋、通算成績は76勝68敗1セーブでした。
若手投手陣の兄貴分へ
「1998年の七夕の日にグリーンスタジアム神戸で9回裏同点本塁打を打たれた試合と、チームの18連敗が忘れられない想い出。こうした経験を基に、野球の素晴らしさ、怖さを伝えて行けたらと思っています」
若い選手が主力として活躍する日本ハム。先発、中継ぎ、抑えと充実した投手陣に自分の経験を伝え、どのように指導しマウンドに送り込むのか。エースからコーチへと転身した男の今に注目しましょう。
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