初の公開競技化で金メダル!32年前のロサンゼルスオリンピック出場メンバーには誰がいた?
- 2016/5/13
- アマチュア野球
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1984年 アマチュア編成ながらも、後に16人がプロ入り
今から32年前のロサンゼルス・オリンピック(以下ロス五輪)で野球が初の公開競技として開催されました。当時はプロの出場は認められておらずアマチュアからの編成となりましたが、金メダルを獲得しています。この金メダルの実績を引っさげ、後にプロ入りした選手は実に16名もいます。
当時の日本代表メンバーは?
ロス五輪代表メンバーは監督1名、コーチ2名、投手6名、野手14名の総勢23名で構成されていました。プロの参加ができなかったため、大学生と社会人の混成チームとなっています。監督は社会人チームから、コーチは社会人チーム・大学から各1名となっています。
監督
- 松永怜一(住友金属)
コーチ
- 鈴木義信(東芝)
- 鴨田勝雄(法大)
投手
- 米村明(河合楽器→中日)
- 吉田幸夫(プリンスホテル)
- 伊東昭光(本田技研→ヤクルト)
- 伊藤敦規(福井工大→阪急)
- 宮本和知(川崎製鉄水島→巨人)
- 西川佳明(法大→南海)
捕手
- 嶋田宗彦(住友金属→阪神)
- 吉田康夫(三菱自動車川崎→阪神)
- 秦真司(法大→ヤクルト)
内野手
- 正田耕三(新日鉄広畑→広島)
- 浦東靖(新日鉄堺)
- 森田芳彦(鹿児島鉄道管理局→ロッテ)
- 上田和明(慶応大→巨人)
- 和田豊(日大→阪神)
- 広沢克己(明治大→ヤクルト)
- 福本勝幸(東芝)
外野
- 荒井幸雄(日本石油→ヤクルト)
- 古川慎一(亜細亜大→ロッテ)
- 熊野輝光(日本楽器→阪急)
- 森田昇(日本生命)
各国の代表選手たちは?
日本代表を苦しめた台湾のエースは「オリエンタル・エクスプレス」こと郭泰源投手でした。郭投手は、ロス五輪出場決定戦で日本代表の前に立ちふさがり、完封勝利を納めています。日本代表はこの敗戦でロス五輪出場の夢を絶たれたかに見えましたが、後にキューバ代表のボイコットで出場が可能になったのです。
韓国代表には中日ドラゴンズで抑えを務めたソン・ドンヨル投手、アメリカ代表にはシーズン70本塁打をマークしたマーク・マグワイア選手、野球殿堂入りを果たしているレッズのレジェンド、バリー・ラーキン選手、ジャイアンツにもやってきたシェーン・マック選手と名だたるメンバーが顔を揃えていました。
ロス五輪組の出世頭は誰?
選手20名中16名がプロ入りしているスター候補生達の中で、一番の出世頭は誰でしょうか?現役時代の実績で言うと、打点王を2回獲得している広沢克己選手、首位打者を2年連続で獲得している正田耕三選手でしょうか。現役引退後に監督まで昇りつめた和田豊選手も出世してますね。オリンピック代表という日の丸を背負って戦うプレッシャーと阪神タイガースの監督というプレッシャーに耐えぬいた和田豊選手に一票を投じたいと思います。
オリンピックに出場し、プロ入り・プロ野球で活躍するというのは各国共通。2020年の東京オリンピック出場選手からも、野球界の歴史に名を残すスタープレーヤーが生まれてほしいものですね。
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