空白の期間に何があった!?高校野球100周年「97回大会」の理由。

  • 2016/3/18
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戦争によって予選中断、非公式開催

2015年夏、全国高校野球選手権大会は100周年を迎え大変な盛り上がりを見せました。しかし、この大会は開会100周年であって「第100回大会」ではありません。選手権大会の年表などでは「1942~1945年、戦争によつて中断」などと書かれていますが、ただ単に「空白の期間」であったわけではなく、この間には高校野球界に様々な事件が起こっていました。

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突然の予選打ち切り

太平洋戦争が勃発し戦争が人々の生活を蝕みつつあった中、甲子園を目指す球児たちによって全国で熱戦が繰り広げられました。しかし、いくつかの地域で代表校が決まり始めた7月中旬。突然文部省から「全国的なスポーツ競技会の禁止」を告げる通達が出され、事実上の甲子園大会の中止が決定しました。

ここで「全国高校野球選手権大会の歴史」は1941年の第27回大会の時点で一旦途切れてしまいます。

 

歴史から除外された甲子園大会

選手権大会の歴史としては1941年の大会を最後に「戦争で中断」という扱いになっています。しかし、中断された朝日新聞主催の甲子園大会に代わって、文部省は国民の戦意高揚を目的とし「第1回全国中等学校錬成野球大会」の開催を決定。1942年夏、甲子園球場で復活した全国大会が開催されました。

この1942年の大会は、朝日新聞ではなく文部省が主催したことを理由に今日まで続く「朝日新聞主催全国高校野球選手権」の歴史からは除外されています。そのため「幻の甲子園」とも呼ばれています。

また、大会期間中にはスコアボード上に「戦い抜こう大東亜戦」と掲げられ、選手のことを「戦士」と呼び、戦い抜く精神を鍛えるために「選手交代禁止」のルールが導入されるなど、軍事色が強いものとなりました。

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高校野球中断と解散

1942年に行われた「幻の甲子園」もこの年には戦況の悪化を理由に行われず、ここから3年間は本当の「空白の時代」を迎えました。その期間に全国の野球部は物資の不足を理由に解散や休部に追い込まれ、それは甲子園出場経験のある強豪校も例外ではありませんでした。

しかし、物資や資金に余裕のあった一部の大学系列の学校や進学校は野球を続けることができ、戦後再開された高校野球界をリードする事となります。

 

時代に翻弄された球児たちを忘れないために

高校野球の歴史として語られる事の少ない、この空白の時代。予選中断によって最後の夏が終わった海草中学の名投手、真田重蔵。幻の甲子園で肩を故障し投手の道を断たれた平安中学の富樫淳。他にも様々な選手が時代に翻弄され、多くの可能性が消えていきました。2016年で戦後71年目を迎える今、「何も無い」とされた時代に「何が起こったのか」を知っておくべきだと思います。

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