なんと夏の福島県大会 9連覇中!聖光学院 斎藤智也監督ってどんな人?
- 2016/6/29
- 高校野球
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監督と部長で苦難を乗り越え強豪校に
2011年には阪神 歳内宏明投手を育て、聖光学院初のプロ野球選手を輩出し。現在夏の福島大会9連覇中の聖光学院ですが、そこに至るまでは苦難の連続でした。今回は、聖光学院を福島、そして高校野球界を代表する高校へと変えた斎藤智也監督にスポットライトを当てます。
3年間で甲子園に行けなかったらクビ!?
22歳の若さで聖光学院の部長に就任した斎藤智也監督。私立の学校では、監督を連れてきて甲子園に行けなかったら、また次の監督を連れてくるといったようなことがあります。それを13年間、目の前で見てきた斎藤監督は変化の必要性を主張することもありました。
そんな矢先、理事長から監督に指名されます。与えられた期間はわずか3年で、その間に甲子園に行けなかったらクビと言われていたそうです。
県外強豪と試合経験積んで、2年目で甲子園!
福島から出たことがない斎藤監督は、福島2強である学法石川と日大東北を雲の上の存在として見てしまっていると感じました。そこで、茨城・土浦日大出身で関東に人脈のある横山部長に力を借り、東海大浦安(千葉)、市立船橋(千葉)、千葉経大付(千葉)、浦和学院(埼玉)など関東の強豪校と積極的に試合を組むようにしました。後にこの経験が甲子園出場に繋がる原動力となりました。
横山部長とのコンビで試合を重ね、2年目には、夏の福島大会決勝まで勝ち進み、日大東北相手に逆転サヨナラ勝ちを収め、ついに福島を制しました。しかし、甲子園では初戦の明豊戦で0-20と大敗を喫し、力不足を痛感しました。
心を鍛える野球で福島2強時代から聖光時代へ
甲子園を経験し、実力以前に、「元気」「凛々しさ」「潔さ」といった心の面が備わっていないと勝てないと考えた斎藤監督は、高校時代の加藤監督から学んだ「何事もその時に響くような指導」を徹底するようになりました。毎日ミーティングを繰り返し、選手の心を鍛えていきました。悪いことは徹底的に話をして、なぜいけないかを説きます。選手としっかり向き合い、自分たちで気づけるチームを作っていきました。
そして、自身甲子園初出場から3年後の2004年に再び、県大会を勝ち抜き甲子園に乗り込み、1回戦の鳥取商、2回戦で市和歌山商を撃破しベスト16に進出しました。ここから「福島・聖光時代」が始まりました。
2007年夏からは5年連続で甲子園に出場し、2008年と2010年夏は甲子園ベスト8に進出。2011年は歳内宏明投手を擁し、優勝候補と、位置付けられるほど力を付けました。これは福島一筋で生きてきた斎藤監督にとっても感慨深いものがあったでしょう。
次なる目標は東北悲願の全国制覇
もはや、聖光学院の代名詞となった人間関係の濃さ。そこにはやはり、斎藤監督の生まれ育った環境が影響しています。中学時代の原先生の厳しいながらも熱くて優しい指導。高校時代に教わった加藤監督の野球人である前に、一人前の人間であること。そして聖光学院に赴任後、体を張って自分を育て、ハングリー精神を植え付けてくれたかつての理事長の教え。
この中の誰か一人にでも出会わなかったら今の斎藤監督はいなかったでしょう。福島が斎藤監督を育て、福島で斎藤監督は人を育てています。現在、福島9連覇中の聖光学院。悲願の東北初の全国制覇を成し遂げる日も遠くはないでしょう。斎藤智也監督率いる聖光学院の今後に期待です!
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