プロ野球史に残る常勝チームを彩った『外野手』トリオ6選
- 2016/4/14
- プロ野球
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優勝チームに名外野手あり
野球の世界でチームが優勝するために欠かせないのが、外野手の働きであるといえるでしょう。
守備力と打撃力が共に高いレベルで求められるこのポジションにチームの柱と呼ぶべき選手を配置できるかが、チームが勝つために重要なポイントの一つであると言えます。過去のプロ野球の歴史を見ても、優勝チームには球界を代表する外野手の存在がありました。
そこで今回は、プロ野球の歴史の中でも屈指の外野手トリオを選んでみました。
イチロー・田口壮・本西厚博(オリックス:1995年)
1995年、1996年にパリーグ連覇、1996年には日本一に輝いたオリックス。
1994年に内野から外野へコンバートされた田口選手、同じく同年にレギュラーに定着したイチロー選手に外野守備の指導をしていたのが1989年のゴールデングラブ賞受賞者の本西選手でした。
その後田口選手はゴールデングラブ賞を5回受賞、イチロー選手は日本で7年連続、メジャーでは10年連続受賞するなど、押しも押されもせぬ名手に成長しました。
福本豊・簑田浩二・B.ウィリアムス(阪急:1978年)
1970年代の阪急ブレーブスの黄金期を支えたのが鉄壁の外野守備陣。
「世界の盗塁王」福本選手、1978年にレギュラーを奪い、後にトリプルスリーを達成する蓑田選手に、1976年、1978年のダイヤモンドクラブ受賞のウィリアムス選手からなる3人は攻守に渡り阪急の躍進を支えました。
秋山幸二・平野謙・羽生田忠克(西武:1990年)
1980年後半から1990年代前半にかけて黄金期を築いた西武ライオンズ。
クリーンアップ3番を任されながらゴールデングラブ賞の常連でもあった秋山選手、2番レフトを任され5年連続最多犠打を記録した平野選手に、「球界一の鉄砲肩」の異名を取った羽生田選手からなるトリオは鉄壁の守備力を誇りました。
ちなみに羽生田選手はアメリカ、マイナーリーグへ野球留学中の1988年に強肩選手へ贈られる「ベストアーム賞」を獲ったという世界基準の強肩の持ち主でした。
松井秀喜・高橋由伸・清水隆行(巨人:2002年)
長嶋茂雄監督の後を受け原辰徳監督が就任し、リーグ優勝、日本シリーズで西武ライオンズに4連勝して日本一を果たすなど圧倒的な強さを誇った巨人。
巨人では、王貞治さん以来のシーズン50本塁打を達成した主砲、松井選手に高橋由伸選手、最多安打を獲得した清水選手からなる3人は圧倒的な存在感、スター性を兼ね備えていました。
2002年シーズン後に松井選手がメジャー・リーグ、ヤンキース移籍しこのトリオはこのシーズンで見納めとなってしまいました。
福留孝介・アレックス・英智(中日:2004年)
2004年シーズン落合博満監督が就任し、一年目からリーグ優勝を果たした中日ドラゴンズ。
広いナゴヤドームを本本拠地にしている中日において、ライト福留選手、センターアレックス選手、レフト英智選手という球界屈指の強肩選手が3人並んだこの外野陣は他球団にとって脅威となりました。
尚、2004年シーズンの中日からはアレックス選手、英智選手以外にもゴールデングラブ賞に5選手が選ばれ、チーム全体で鉄壁の守備力を誇りました。
SHINJO(新庄剛志)・稲葉篤紀・森本稀哲(日本ハム:2006年)
ここ10年のプロ野球界の中で最高の外野手トリオを選ぶとすると、2000年代中盤の日本ハム外野トリオが挙げられるでしょう。
センターにはアメリカメジャーリーグから2004年に復帰したSHINJO選手、レフトにはSHINJO選手の後継者・森本選手、ライトには稲葉選手が君臨し、2006年シーズンはこのトリオでゴールデングラブを受賞しました。
また、2006年シーズンはSHINJO選手が現役引退を表明したシーズンでもあり、「新庄劇場」なる言葉が生まれ、チームも日本一を果たすなど、その後のパリーグ人気に繋がる一大ムーブメントが巻き起こりました。
近年で最高の呼び声高い2012年日本ハム
今回はこの6チームの外野手トリオを紹介しました。
2010年以降での最高の外野手トリオを上げてみると最初に挙げられるのはライト糸井選手、センター陽岱鋼選手、レフトに中田翔選手が守っていた2012年に日本ハム外野陣ではないでしょうか。
昔に比べ、ドーム球場が増え、球場も広くなっている野球界にとって強力な外野手を3枚並べることが優勝への近道になるのではないでしょうか。
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