25年間ありがとう!横浜一筋『ハマの番長』三浦大輔のシビれる男気が溢れ出るエピソード集
- 2016/9/29
- プロ野球
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三浦大輔という人物
- 矢沢永吉に憧れてのリーゼントヘアーは、三浦大輔投手のトレードマークとなっている。
- ブログの更新を毎日欠かさない。ブログの締めくくりの言葉はいつも「ヨ・ロ・シ・ク」
- 2007年には社会貢献活動に大きく貢献したプロ野球選手に与えられるゴールデン・スピリット賞を受賞。三浦投手は、横浜市内の小学校での講演、社会福祉協議会へのシーズンシートの寄付、障害者を自費で球場に招待するなどの活動を率先的に行ってきた。
- 2008年オフにFA宣言した際、阪神タイガースから熱烈なオファーを受けますが、球団とファンのために残留を決意。
今だから言えることだが、心の中の天秤が、少し阪神側に傾きかけたこともあった。だが、その均衡を打ち破ってくれたのは、やはりファンだった。
メジャーリーグに挑戦するよりも、ベイスターズを強くしたい。
- アテネオリンピックの際に、キューバ代表の野球道具不足の問題を知り、選手全員分のスパイクをプレゼントする。チームメイトのグリエル選手からは「恩人」と呼ばれている。
今シーズン限りでの引退を決意。「18」は準永久欠番に。
2015年シーズンまで21年連続で二ケタ登板を記録していた三浦投手。ですが今シーズンは調子が上がらず二軍での生活が長くなります。シーズン途中に球団に引退の意向を申し入れ、球団もこれを了承しました。
引退会見でのコメント
-1番印象に残る勝ち星は?
「どれもうれしいですけど、150のときは僕自身もうれしかったですけど、それ以上にファンの方が喜んでくれて、それで僕は喜んだ印象が強かったので思い出に残っています」
-25年間を振り返り、どんな野球人生だった?
「高校を卒業してドラフト6位で大洋ホエールズに入って、とびきり球が速いわけでもなく、すごい変化球があるわけでもなく、よくやってこられたな、と。球が速くなくてもプロ野球選手ができるということを見せたかったですし、いろんな勝ったり負けたり、負けるほうが多かったですけど、周りの方に支えてられてここまで突っ走ってこられたなという感謝の気持ちでいっぱいですね」
-今後、リーゼントは?
「卒業しません。そのままです(笑)。できる限り続けたいと思います」
18は準永久欠番
三浦投手が背負ってきた背番号「18」は球団の準永久欠番に。球団はこれを「横浜ナンバー」と名付け、それにふさわしい選手が出てくるまで欠番とすることを決めました。
「これからも横浜を応援してほしいですし、僕も横浜から離れることはないので、まだシーズン、CSと残っているので、もっともっと上に行けるように頑張っていきたい。本当に25年間ありがとうございました」
三浦大輔投手、25年間おつかれさまでした!